文化財の修復とは?

油彩画修復の教育現場

西洋画つまり油彩画が日本にもたらされて百年以上が経過し、その間に多くの名作が描かれ残されてきました。それらは間違いなく日本固有の文化財としての価値をもち、その重要性は現在でもさらに増しつつあります。油彩画は一見丈夫な絵画と思いがちです。しかし、他の絵画と同様、置かれた高温多湿の環境と技術軽視で描かれた作品は意外にも傷んでしまいます。
東京芸術大学では大学院に文化財保存修復油画研究室が設置されており、これら劣化し損傷した作品を守るべく修復技術者の養成を行っています。学生は修復実習はもちろんのこと、修復技術や修復材料の研究、さらに絵画を構成する絵画技法材料の研究にも携わっています。
本研究室は油彩画を中心に、壁画、洋紙を支持体とする紙作品の修復も手がけ、これまでにも大変興味深い修復や調査を行ってきました。その中からいくつかを紹介し、教育現場として本研究室の様子をご覧下さい。
油彩画の修復では、山梨県立美術館が所蔵するミレー作《種をまく人》を、さらに東京芸術大学大学美術館が明治後期から所蔵し続けている自画像作品群の調査と修復をご紹介します。
また、壁画修復事業として現在進行中であるアフガニスタンのバーミヤーン石窟(7~8世紀)の壁画片修復をご紹介いたします。

■ミレー作《種をまく人》(山梨県立美術館が所蔵)の調査と修復

修復を終えたミレー作《種をまく人》1850年
(1005×809㎜)

 

X線写真:画家の筆使いや、人物の細かな描きなおしが見える。

紫外線蛍光写真:紫外線をあてると旧修復の補彩跡や表面のワニスの状態が分かる。

空の部分から採取した絵具片の顕微鏡写真:鮮紅色部分には赤色顔料のバーミリオンの顔料粒子が見える。

X線フイルムをつなぎ合わせて透過光で撮影する作業。

画面のクリーニング:表面の汚れや、透明感をうしない黄化したワニス、さらに旧修復時の補彩などを除去する作業。

オリジナルの絵具が剥落していた箇所に、充填剤を詰め、修復専用の絵具によって周辺の色調と合わせる。

■アフガニスタンのバーミヤーン、フォーラーデイ石窟の壁画修復

本研究室では現在42点の壁画片(制作年代7~8世紀)を修復しています。これらの壁画片は「流出文化財保護日本委員会」によって保管され、修復後、アフガニスタンの政情が安定し次第返還される予定です。

修復を終え、額装されたバーミヤン石窟の壁画片

修復前:右横から斜光をあて、表面の凸凹を調べる。傷んでいる様子がよくわかる。

修復前のX線写真:この画像によって土壁層の亀裂の入り方や、旧処置の状態を知ることが出来る。

修復前の調査:修復処置を行う前に、壁画の現状を詳細に観察し記録します。この調査結果をもとに修復計画を立案します。

修復処置作業:旧修復材の除去と土壁層の強化作業

■ 東京芸術大学大学美術館所蔵作品《自画像作品》の調査と修復

本学大学美術館では、現在の東京芸術大学の前身である東京美術学校時代から始まる西洋画科卒業制作品の自画像が延々と収蔵され続け(中断された時期もある)5000点にものぼります。収蔵をはじめた明治後期だけでも190点、貴重な作品ばかりです。本研究室は明治後期の自画像に焦点を絞り、東京美術学校時代の西洋画教育の技法材料について詳細な調査を実施しています。また毎年数点修復も行っています。その中から青木繁の自画像の調査と、大八木一郎の自画像の修復を紹介します。

青木繁《自画像》(明治37年7月卒業制作品)の調査

青木繁《自画像》

赤外線写真:青木繁の伸びやかな筆触がよく判る。

X線写真:この画像から、自画像の下層には天地逆方向にうつむき加減の人物横顔が描かれていることが判った。

紫外線蛍光写真:全体に青白く蛍光しているのがワニス。表面に塗られているワニスは、縦方向に筆で厚く塗布されている様子が判る。

大八木一郎《自画像》(明治35年7月卒業制作品)の修復

修復前:背景の絵具の剥落と、下辺部に冠水して生じた剥落が著しい。

修復後:絵具の剥落箇所に充填剤を詰め、修復専用の補彩絵具で色合わせをし、最後にワニスを塗布した。深見のある色調を取り戻した。

絵具の剥落箇所へ充填剤を詰める作業 : 充填後はその表面をオリジナルの絵肌と同じように整形し、補彩を施し、ワニスを塗布して仕上げる。

 
ページトップへ